로그인ログネストの玄関は広い空間になっている。背の高い天井。タイル敷きの綺麗な床。
しかし、空気は息苦しいほど重かった。
今も、通路からドリンクを汲みに来た利用客がある。ちらりと振り返ると、寝ていないような疲れた顔をしていた。
ふと隣には男性店員に連れられた太り気味の客がやってきた。太り気味の客は男性店員に頭を下げて大声を出す。
「待ってください! あと五時間、五時間プレイできれば、ヴァルを払えそうなんです!」
「お客様、すでに退室の時間でございます」
(……ヴァル?)
背中に鳥肌が立つのを感じながらユウマはカウンターに向き直る。
茶色い受付台を挟んで、ユウマの前には女性店員が立っていた。彼女は笑顔で語り出す。
「お客様、ゲームVALORIUMは初めてですか?」
「ゲーム?」
「はい。ログネストではゲーム内通貨、ヴァルでのお支払いもできます」
「あ、はあ」
「始める時は会員カードを機器に差し込んでからプレイをしてください。それと」
女性店員がまた微笑む。棚の下から折りたたまれた小さな紙を取り出した。それをカウンターの上へと静かに置く。
「今、キャンペーンをやっております。こちらの特別コードをゲーム開始時に設定すれば、良いことがございますよ」
「良いこと?」
ユウマはその紙を受け取る。開くと英文字が記載されていた。
「はい。是非是非、設定してプレイしてみてくださいね」
「あ、はい」
両手を腹に組んで頭を下げる女性店員。
コーヒーのコップと紙を持って、ユウマは受け付けを離れようとした。
隣では太り気味の客が男性店員にいまだに泣きついている。
「待ってください! お願いです! 俺はやっと20レベルに上がったんです」
「お客様、退室をお願いいたします。それ以上揉めるなら、警察を呼びますよ」
ユウマはいぶかしげな視線で眺めた。
(可哀想だけれど、金が無ければルームを利用できないよな)
太り気味の客は店からしぶしぶ出て行った。
気の毒に思いつつユウマは自分のルームへと帰る。
黒いマットの部屋にはVR機器が備わっている。デスクトップの横にはデカデカとした説明書があった。コーヒーを口に含みつつ、試しに読んでみる。
モンスターは金を落とさない。
――代わりに、評価で金が出る。
ゲーム内通貨ヴァルは、1ヴァルにつき0.2円の価値のようだ。
……怪しい。
さっきの客たちは、みんなこのゲームをやっているのだろうか?
(金になるなら、やる)
ユウマはもう一度ルームを出てカウンターへと行った。ルームの利用延長を申し込む。12時間2000円。相場で言えば安い方だ。
部屋へと戻り、VR機器を作動した。差し込み口に会員カードを挿入する。そして先ほど女性店員からもらった特別コードの英文字を暗記し、デバイスゴーグルを顔にかけた。
マットに横になり、ゴーグルのスタートボタンを押す。
意識が、青に沈んだ。ゲーム内に吸い込まれる。
可愛いは正義勢:ウミちゃん、尻尾モフモフ頑張って! 夜月しか勝たん:夜月さんによる拷問ショーの始まりw 賭け金返して:まだ大丈夫だって! グラスオースの方が人数で勝ってるから! シロハ:どうしてトウマさんは来てくれないの!? メルフィ:動いてトウマさん! 銀色の巨大な月が間近にあった。戦っているプレイヤーたちはまるで月の魔力に操られている人形のようである。岩壁に囲まれた半円形のフィールドであり、柔らかな土の地面だった。晴恋はぶるぶると震えそうになる身体を必死にこらえていた。 これまでに特訓はした。やれることはやった。そしてベルフラウが三人も倒してくれた。だとしたら、自分たちで残りの夜月とテレサを倒すしかない。 フィールドの左側ではニキとモナの激しい撃ち合いが続いている。ニキとキャルル丸の助力は期待できそうにない。 正面ではウミとアイギスが必死に戦っていた。テレサに向けて攻撃を繰り出している。それこそ全力だった。ウミがソウルメモリーを使用しており、身体が炎にくるまれている。 テレサの後ろから、夜月がサーベルを片手に歩いてきていた。(私に何かできることは!) 晴恋が歯を強くかみ合わせる。 手札は二枚あった。 そのうちの一枚を切ることにする。晴恋が唱えた。「ステータスオープン」 中からニンジンを取り出す。テレサに向けて投げつけると共に叫ぶ。「お馬ちゃん、餌をあげるよ!」「ぶるるっ」 テレサはすぐに反応した。前足を地面につけて、転がったニンジンにかじりつく。もしゃもしゃと食べた。すっかりと油断している。「晴恋さん、ナイスですぅ!」「晴恋!」 ウミとアイギスが褒めるように叫んだ。テレサの背後に回り、二人でお尻を攻撃する。アイギスはためらいなく股間を狙っていた。急所への攻撃にはダメージ補正がかかる。「くぷぷ、私だってやるんだから」 晴恋は笑いをこぼすと共に指示棒を振る。水玉が連続で射出されて、テレサの横っ腹に
可愛いは正義勢:ウミちゃん、頑張って! 晴恋頑張れ:優勝決定戦が始まったな。 賭け金返して:グラスオースを20万ヴァル分買ったおw 夜月しか勝たん:夜月さんの変態パフォーマンスがあると聞いて。 炎上しろ:今日は視聴者数が格段に多いな。 キャルル丸の世話係:可愛いキャルル丸に期待。 シロハ:トウマさん、優勝を祈っています! メルフィ:トウマさん、約束通り見に来ました。 レディミラージュ:ベルフラウさんがまたやっつけちゃうんじゃない?w ログネストの寄生虫:優勝戦は魔物が出るからな。 ウミちゃんの水着で鼻血ブー:夜月をどう止めるかだな。 優勝決定戦が開始された。 岩壁に囲まれた半円形のフィールド。味方陣地の奥には青いクリスタルのオブジェがある。石造りの台座の上に設置された青い球体だった。クリスタルにもHPバーがあり、少々の耐久力がありそうだ。柔らかい土の地面の上。正面には地面がそのまま隆起したような丘がある。その左右には通路があった。ベルフラウは両手の甲を腰に当てて顔を硬くしている。気分だけがやけに高揚していた。 すでにパーティは組んである。 ニキがキャルル丸にまたがり、相棒に力強く告げる。「キャルル丸、真っ直ぐ上に飛ぶさ」「キャルルアアアッ!」 ――ルミナスウイング。 光の翼でキャルル丸が浮き上がる。隆起した丘よりも高く上昇した。偵察任務である。 可愛いは正義勢:ニキさんずるいw 賭け金返して:キャルル丸の偵察スキルw 夜月しか勝たん:おい、それは反則だろ! 夜月がニキの視線に気づき、苛立たしげに睨みつけた。やがてルミナスウイングが終わり、キャルル丸が着地する。ニキはトウマに報告した。「トウマさん、敵は動かないさ」「……やはりか」 読み通りというふうにトウマは二度頷く。 一昨日のセレクターvsオンリーレディ戦の録画でも、夜
その夜、ギルドバトルにオンリーレディのメンバーは現われなかった。 トウマたちは不戦勝となり、三回戦へ進むことになる。 ――クエスト昇格 ――ギルドバトルクエスト、優勝する 翌日の午後六時過ぎ。 牡鹿ホテルの前の道路だった。 軒先には鹿の彫刻が施された看板が提げられている。看板が風に揺られてカタンカタンと音を立てていた。一階のレストランからは料理のかぐわしい匂いが夜風に乗って運ばれてくる。すでに魔導具の街灯が点灯しており、辺りをほのかに照らしていた。路地には三毛猫が一匹いて、レストランの裏口前で伏せっている。ふと裏口が開き、黒いコックコートを着た従業員が出てきた。三毛猫が「にゃあ!」と媚びた鳴き声を上げて立ち上がる。従業員の差し出した弁当をガツガツと食べ始めた。従業員はしゃがみ込み、三毛猫の背中を愛おしそうに撫でている。視界の端で眺めていたトウマの心がほっこりと温まった。 石畳の地面の上で、晴恋とウミが武器を構えて対峙していた。ギルドバトル前の最後の特訓である。今日はどうしてか仲間たち以外にもプレイヤー数が多く、二人の周りを遠くから囲んで見物している。上品な服を着たNPCの子供が「てるてる坊主のお姉ちゃん、猫のお姉ちゃん、頑張って」と声援をかけた。晴恋が緊張したように唇を引き結ぶ。ウミのモフモフとした尻尾が嬉しそうにたゆんたゆんと揺れた。 ウミが静かに言い放つ。「晴恋さん、行きますですよ」「来い! ウミちゃん!」 晴恋の顔つきに臆病な色合いはもう無い。栗色の長髪が風に吹かれてさらさらと揺れた。たれ目の目尻が鋭さを帯びている。:ギルドバトル前の最後の特訓だな。:晴恋は強くなったの?:またまたグラスオースを一点買いしてきました!:おい、ギルドバトルはまだ始まってないぞw ニキが力強く応援した。「晴恋、頑張るさ!」「きゃるるぅ!」 ニキの隣にいるキャルル丸が右の前足を掲げる。 ステータス画面からウミが決闘申請を送る。 晴恋が了承をタップした。「行きますっ」 ウミがすぐに走り出す。地面を這うような前傾姿勢だ。 晴恋が指示棒を掲げて唱えた。「雲が出て来ました」 空の月が雲に陰る。ウミの身体が黒いもやに包まれてスピードを落とした。 ウミは立ち止まり、余裕そうに尻尾を振った。尻尾が怪しく揺れている。尻尾で威嚇して相手の動揺を誘
脳神経外科センターの個室だった。 白いベッドの上で、黒谷鬼助は天井を見つめていた。首から下が麻痺しており、もう頭を左右に動かすこともできない。脳梗塞は昨日から急激に悪化していた。少し前までなら、右半身を動かすことができたのに……。 視界にあるのは白い天井だけだ。模様もくすみも無い白だけが広がっている。他には何も映らない。くそったれだ。 窓辺には花瓶がある。あるはずだ。少なくとも少し前まではあった。スズランが挿してあったはずだ。だけど見たくても見られない。こんなに悲しいことはない。 あの電話の日。ユウマの口座には100万円を振り込んでおいた。最近は便利になったもんだ。スマホで何でもできちまう。自分の頼みをユウマが聞いてくれるとは思っていない。だが、もしかしたらその100万円は、彼に対する贖罪なのかもしれなかった。 一年前、あの食品メーカーの会社で鬼助はユウマをいたぶり過ぎてしまった。今、死にそうになって後悔が起こっている。(ああ、俺は本当にひどいことをしちまった) 馬鹿だった。 土下座して謝りたい。 だけど、(もっといじめておけば良かったかなあ) とも思う。 そういうところ、自分の性格は根底からねじ曲がっているのだろう。 ……昔はもう少し、マシな人間だった。 普通にサラリーマンをやっていた。 妻もいた。 デートにもよく出かけた。 そして二人の子供にも恵まれていた。 姉弟であり、名前はアクナとマナトだ。 漢字にすると、悪成と魔成人である。 誰だ? こんなひどい名前を考えた奴は?(まあ、俺なんだけどよ) 漢字のまま役所に届けようとしたところを、妻の真希が止めた。真希はせめて漢字ではなくひらがなにしようと言って聞かなかった。鬼助はしぶしぶ真希の要求を飲んだ形となる。おかげでせがれたちの名前はひらがなだった。(くそ、それに
ノーファン村のヤマネコ食堂。 軒先には猫の模様が描かれた看板が提げられていた。室内にはテーブルが九つあり、三列に並べられている。壁や床はくたびれており、黒くくすんでいる箇所もあった。古めかしい定食屋といった雰囲気である。カウンターの奥にはNPCの女将さんがいて椅子に腰掛けている。手慰みに編み物をしており、集中した表情で両手を動かしていた。カウンターの端には、女将さんが作ったのであろう猪や鹿のぬいぐるみが売られている。ぬいぐるみはちょっと不格好だが、見る人によっては愛嬌があり可愛いという印象を抱きそうだ。紙製の値札がついており手頃な価格だった。ガラス窓の脇には緑色のカーテンが束ねられている。午後四時を過ぎた太陽の光がじんわりと差し込んでおり、室内をオレンジ色に照らしている。 トウマとベルフラウが玄関をくぐる。 窓の外からは配信ドローンがしつこく撮影を続けていた。だけど相談の様子を視聴者に見られるのはよろしくない。そのためトウマとベルフラウは配信を中止した。配信ドローンが薄くなって消える。 食堂の隅っこの席で、二人の女性が並んで座っていた。他に客はいない。どうやらあの二人がシロハとメルフィのようだ。近づいて行くと、シロハは立ち上がって深々と一礼した。 トウマは軽く頭を垂れて声をかける。「こんにちは。あんたがシロハさんとメルフィさんか?」「トウマ団長様、それとベルフラウ副団長様、この度はお越し頂きありがとうございます」 シロハの顔に笑顔はない。震えている唇は怒りを押し隠しているようであり、声は硬かった。 メルフィの方はというと、座ったままおじぎもせずにひっくひっくと嗚咽をこらえている。ここにいるだけで精一杯の様子だ。 シロハが右手を差し出した。「お二人とも、座ってください」「ああ」「どうも」 トウマとベルフラウが並んで腰掛ける。 シロハも座った。「まず自己紹介ですが、私たちは――」 ベルフラウが右手のひらを掲げて制する。「シロハさん、いい。それよりも、教えてくれる? 貴方たちがどう
翌日の昼過ぎ。 トウマたちはルスプルの西の森に来ていた。青々とした木々の葉が風にさわさわと揺れている。オオルリが木の枝に止まっており、高い鳴き声で歌っていた。近くに川が流れているのか水の音もする。オオルリの歌と川音のハーモニーが耳に心地よい。モンスターさえ出なければ絶好の森林浴スポットだ。だけど今はモンスターに用事があった。 晴恋が両手に指示棒を持ち、地面の上を先頭で歩いていた。少し離れたところから仲間たちが追いかけて足を運んでいる。 ギルドバトルに向けた晴恋の特訓だった。今日は実戦である。:晴恋の修行があると聞いて。:フードのてるてる坊主の刺繍が可愛い。:ニキって腹筋割れてるよな。:裸にチョッキって、かなりセクシーな格好。 トウマの隣を歩いているウミが微妙な笑顔を浮かべた。右手を口に当ててこそこそとささやく。「ご主人様、大丈夫でしょうか?」「大丈夫だ」 頷いたトウマだったが、少々不安である。晴恋が危険になったらすぐにでも助けようと気を張っていた。 ニキも同じ気持ちのようで、白銀のキャノンを油断無く構えていた。その顔つきはギルドバトルの時よりも真剣な色合いを帯びている。恋人を死なす訳にはいかないのだろう。 ニキを背中に乗せているキャルル丸が「きゃあるぅー」と大あくびを一つした。 ふと晴恋が立ち止まった。 遠方正面からエリートオークとゴブリンファイターが一体ずつ現われる。「ぎゃばあ!」と笑い声のようなものを響かせて迫ってきた。 晴恋の両目がわなわなと震える。「ふ、ふわわ……」「晴恋、スキルを使う!」 アイギスが厳しい声で助言した。 晴恋が指示棒を掲げる。「そ、そうだよねアイ! えっと、本日の天気は快晴です」 空の太陽がぱあっと光った気がした。 その場にいる全員が白い光に包まれた。動体視力アップのバフがかかる。敵の動きが滑らかに映った。:独特なスキル名称。
森の道へと入った。 木の葉からこぼれる太陽の日ざし。茶色い小鳥が木枝から飛び立った。落ち葉の多い地面。空気は澄んでおり、森林浴にはもってこいだ。 森の奥へとウミはどこまでも逃げて行く。その背中をテラーウルフが追いかける。そのまた後ろをトウマが追跡するという構図だ。 可愛いは正義勢:ウミちゃん逃げて! 古参ニキ:死んだと思ったらまだ生きてる。 開けた大地にたどり着くとトウマは唱えた。安っぽい木の杖を構える。 「グラヴィティライン」 トウマの杖から青黒いロープが伸びた。テラーウルフの足に巻き付いて拘束する。 「がうばうっ!」 走っていたテラーウルフは前のめりに
草原の中心に、黒い渦を巻いてテラーウルフが出現する。残忍な顔つき、漆黒の体毛、巨大な白い牙。その圧倒的な存在感に、トウマの背筋から冷や汗が伝った。 テラーウルフが高々と吠える。 「ガアルルルゥゥッ!」 ドンと音がして空中に文字が表示された。 ――クエスト、テラーウルフの撃破 「ボスだ、逃げろ!」「俺は死ぬ訳に行かないんだー!」「私はせっかくレベル3に上がったんだからね!」 ウミがすぐに反応した。その表情は恐怖に彩られており、モフモフとした尻尾がピンと立っている。勢いよくこちらを振り向いた。 「ご主人様、どうすれば!?」「ウミ、動くな」 トウマは状況を冷静に分析する
村の北出口から外へと出る。 草原地帯があった。ところどころには岩がある。そこにいる魔物はフェアウルフの一種類。灰色の毛並みをした狼であり鋭い牙を誇っている。大型犬ほどのサイズだ。 狩りをしているプレイヤー数は多く、必死の形相でモンスターと戦っていた。 「俺の、俺の宿代をー!」「私はまだ朝食も食べていないんだからね!」「や、やべえやべえ、こいつら強えぞ!」 トウマは顔をしかめた。このゲームのプレイヤーはみんな無職なのだろうか? 分からない。(そう言えば、俺も朝食を食っていない) ドンと音がして、頭上に文字が表示された。 ――クエスト、フェアウルフの撃破 隣にいるウミ
村の広場。 トウマたちは木製のベンチに並んで腰掛けていた。 ゲーム内は昼間であり太陽が出ている。近くにある桜の木が花々を満開に咲き誇らせていた。そよ風が吹いて、花びらがチラチラと地面を舞う。木枝が揺れる音がした。 大きめの梅おにぎりを、ウミが両手で持ってむしゃむしゃと食べている。モフモフと尻尾を振っており、ご機嫌のようだ。満面の笑みを浮かべている。 「美味しいですぅ、美味しいですぅ」「そりゃあ良かった」「ご主人様、ありがとうございます」「味わって食えよ」 梅おにぎり、200ヴァル。 道具屋で買ってきたものだった。手痛い出費である。 トウマは広場の光景を眺めた。中心には噴







